京都時空旅行(Space-time travel photo in Kyoto)

地蔵院 その3

地蔵院
この詩を目にしたとたん、その謙虚さ、誠実さ、滲み出る無念さに心を打たれ、私はしばらくその場を動けなかった。起句に注目すると、左遷された歳はちょうど今の私くらい。積み重ねて来た数ある功績には何一つ触れず。たぶん頭の中には「あれもこれも俺がやった。」と言えるものだらけのはずなのに、一言「愧ず」で片付けてしまう。これはすごい。参った、参りました。


地蔵院
私の会社では成果主義の手前、年に2回の仕事の成果報告が基本的に給料と連動するという運用になっているので、報告用のシートにはあることないことなんでも書いとけとその記入欄を活字で一杯にするのが常であるのに、この詩を真似ると、「特にありません。誠に恥ずかしい。」と一行書いて済ます様なものでしょ…とはかなり異なるよなー、やっぱり志とい うかレベルが違いすぎー。

地蔵院
この詩に対する、元内閣総理大臣細川護熙氏の記事が貼られていて、この結句の禅榻(ぜんとう)はここの地蔵院に違いないとコメントしている。確かに、当人の墓が残る寺でもあり、京都の西という場所柄に加えて地蔵院そのものが持つ禅寺の雰囲気がそうさせるのであろうが、はたしてこの詩のように清風に臥すことができたのであろうか。それとも、讃岐に落ち行く途中でイメージしたに過ぎないのか。

地蔵院
いずれにせよ、頼之は讃岐での危機を脱却して、斯波氏の失脚後京都に呼び戻されて権力の中枢に返り咲き宿老として幕政を行うことになる。そして、死に至っては京都相国寺で将軍義満主催で葬儀が営まれ、実際地蔵院に葬られることになる。

地蔵院
大きな自然石を墓石として、苔の生した様子を見るにつけ、今はこの詩の通り、清風に臥しているに違いない。文武に優れ、穏やかで、誠実、つつしみ深く人情 に厚かったという人物像が伝えられているが、この詩を詠むにつけその謙虚さを通り越した奥ゆかしさを感じる。当世きっての名武将であったことが偲ばれるわけである。

地蔵院
余談ですが、頼之自らが編纂にあたったとされる「太平記」には、足利幕府ができてから、いろいろ争いや問題が絶えなかったが、細川頼之が管領になって天下泰平になりました、チャンチャン、ということで終わっており、この「海南行」以降のことには触れていない。おいおい、「人生五十愧無功」ではないんかい!!!

地蔵院おわり

テーマ:■京都を撮る■ - ジャンル:写真

  1. 2012/09/21(金) 22:40:59|
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Author: ひおいん(hioing)
小学生の頃OLYMPUS PenでSL写真デビュー。今NikonD90&D800E&LeicaQに持ち替えて京都を始めとして日本の各地へ。時空旅行をしているみたいで楽しいです。季節感のある色や形を写真で紹介するブログです。

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