京都時空旅行(Space-time travel photo in Kyoto)

宇治川

宇治川
古くから京都と奈良を結ぶ交通の要衝であった宇治橋。
平安時代に起きた様々な歴史的イベントのステージに
なっています。


宇治川
宇治橋の傍に紫式部の石像がありました。

宇治は、源氏物語の掉尾を飾る「宇治十帖」の舞台。
薫君(かおるのきみ)が、その宿命に悩みながら生きる姿を
宇治川を取り巻く景観を背景にして描いています。

宇治川
平安末期に繰り広げられた源平合戦の史跡としても知られています。

まずは、個人的な不満から平家討伐を決意して、
平家追討の令を出させて、兵を挙げた、源頼政の
壮絶な最後の地となった宇治橋の攻防から。

宇治川
宇治橋に押し寄せた平氏の大軍を前にして、
応戦すれど如何ともできず、
平等院に入って、境内に軍扇を敷いて自刃します。
今も、「扇の芝」として言い伝えられています。

宇治川
参道から院内に入ってすぐの所にあります。

奈良街道を奈良に向かう途中、平氏の猛追撃を受けて
宇治橋で深手を負い、死に場所を平等院に求めたという
緊迫した様子が窺がえます。

宇治川
この平家追討の令旨に呼応した東国の源頼朝が蜂起して、
義経が壇ノ浦に平氏を滅ぼすことになるわけですが、
平家滅亡はこの宇治橋の合戦から5年後のことになります。

宇治川
平等院鳳凰堂の裏の最勝院の境内に、源頼政の墓があります。

栄華を誇った平氏の滅亡は、実は頼政の個人的な諍いという
些細なことから始まったという、歴史の妙味を感じる逸話です。

宇治川
次に、「宇治川の先陣争い」を。

宇治川
平家追討の令に呼応した木曽の源義仲が、
いち早く京に入りますが、後白河上皇と相対する
こととなり、頼朝は弟の源義経・範頼連合軍に対して、
義仲討伐の指令を出します。

宇治川
義経軍は伊賀経由で宇治川を渡り京に入るコースで
進軍し宇治川に到着して、早朝渡河作戦を決行します。

その中の二人の武士、佐々木四郎高綱と梶原源太景季は
恩賞としての名馬を争っていて、その因縁から、宇治川で
先陣争いを繰り広げました。
その勢いのまま、義経軍は、宇治の防衛線を突破して
京へ入ることになるわけです。

宇治川
王朝貴族の栄華を誇った景勝の地であり、
源氏物語や平家物語の舞台である宇治は、
その時代の名残を残す魅力的な場所ですねー。

  1. 2014/05/24(土) 11:16:54|
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Author: ひおいん(hioing)
小学生の頃OLYMPUS PenでSL写真デビュー。今NikonD90&D800E&LeicaQに持ち替えて京都を始めとして日本の各地へ。時空旅行をしているみたいで楽しいです。季節感のある色や形を写真で紹介するブログです。

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